わたしは手話が好き

基本的にはわたしは手話が好きです。
手話との出会いは…
ゆる言語学ラジオの「みんなが手話で話した島」でした。
手話はろう者のためのものだと思ってたんですが、聴者同士でも使っていいいんだ…となって、今に至ります。

手話の好きなところ

  • シンプルに便利。音声言語と手話言語の両方ができたらめっちゃいい。
  • 目で見る言語でおもしろい
    • 映像を再現してる感じがかっこいい、美しい
  • 音声言語に無い表現がおもしろい
    • 特にCLがかっこいい

わたしの周りには聴覚障害を持っている人はいなくて、仕事で関わることもないです。
つまり単純に、言語としておもしろいから手話を学習していて、福祉としてのコンテキストは全くありません。

手話は炎上しやすい

聴者が手話について何かすることがめちゃめちゃリスクある。

手話が禁止されてきた歴史的な背景もあり、手話はろう者が守ってきたものだ!という考え方を持っている人が多い

実際に、聴者が手話については話すのがタブーみたいな風潮になりつつある。
最低でも、ろう者の監修がないと手話について話せない雰囲気が蔓延してる。
事実として、各地域で行われてる手話の講座は必ずろう者の人がいるようになっている。

雇用の機会という考え方もあるけど、他の言語と同じように、個人的にはろう者(ネイティブサイナー)は中級以上のクラスをやればいいと思う。

とにもかくにも、聴者が手話について話すことは炎上しやすく、
聴者はリスクを感じて手話について話したり、手話のコンテンツを作ることを避けるようになっているという事実がある。

てか、ろう者のインフルエンサーも炎上しがちみたいなことも言われているらしく…そんなのもう無理じゃん…ってなる…

これの良くないところは、聴者目線で手話を取得する方法、第二言語として手話を取得する方法が共有されにくいところ。

かつお手話動画さんは当事者性を意識しろ

聴者が手話を教えることもNGという人もいる

手話の嫌いなところというより…

手話界隈が怖すぎる、嫌すぎる。
日本手話とか、日本語対応手話とか。うえにも書いたけど、ろう者しか手話について話せない風潮とか…

言語の学習をするのに直面する社会的問題が多すぎる。めんどくさいことが多すぎる。

英語やスペイン語だったらこんなことは無いよ?
N1レベルあれば日本語教えられるレベルだよ?

はっきり言うと、手話は福祉のための言語になってしまっている。

純粋に言語としてめちゃめちゃおもしろいのに、
福祉の要素を抜けきれてなくて、言語として未熟というか、言語として取り扱いにくい部分がある。

つまり手話の福祉としての側面が嫌いなんです。

言語としては好きだけど、福祉には全く興味がないので…

手話は言語だと思います。だから言語として…「情報伝達のインターフェース」として存在してほしい。
担当直入に言うと、手話という言語がろう運動のプロパガンダのシンボルやツールとして使われてるのがしんどいなと思います。

手話を教えられるのは聴者だけ…?

日本語が全く分からないスペイン人が、日本人にスペイン語を教えるのって無理じゃないですか?

手話を手話で教えるナチュラルアプローチって、第二言語習得論の考え方からして非効率じゃないですか…?
いわゆる暗示的学習 VS 明示的学習です。

普通にクリティカルピリオドの考えからして良くない。

手話を第一言語とする人へ

ネイティブサイナーは手話を定義するのに一番向いている人材ではあると思う。

でも定義と説明は違う。
説明とか手話を広める活動は、専門家が行うから、手話を第一言語とする人たちは、手話を定義する活動をしてほしい。

手話を定義する活動は何かって言うと、手話で話している様子をメディア・コンテンツとして残すということ。

ただでさえ手話は少数言語なんだから、手話のコンテンツ増やしてほしい😖😖😖

日本手話は必要なのか…?

自然言語の日本手話って廃れていくと思うんですよね…

日本手話の一番の特徴って「自然言語」ってとこだと思うんですけど…
他の自然言語と圧倒的に違うのは、
ネイティブが生まれにくいということなんですよね。

ろう同士からろうが生まれる確率が1~2割らしい…
また、人口内耳(医学的アプローチ)もある…

音声言語であれば、ネイティブ同士の子供はネイティブになりますが、手話の場合はそうとは限りません。

コーダの人はどうなるんだろ…

聴者も含めた既存の手話話者のほとんどが、第二言語だと思います。

ちなみに英語も第二言語の人が多いという特徴があります!

第二言語としてであれば、
自然言語か人工言語はあまり関係なくなると思います。

むしろプロトコルが確立している人工言語のほうが学習者のハードルが低いと思います。

これは、手話の習得難易度を下げるという話につながります。

最後に 手話の人工言語作りませんか?

  • 手話ユーザーの大半が第二言語として手話を習得する
    • 臨界期を過ぎてから手話を学習する事が多い
  • 既存の自然言語の手話は学習する上で必要な辞書などの環境が整っていない。
    • また既存の手話は統一化がされてない。
  • 既存の手話の語彙が少ないので、学術的なことを説明するのが難しい。
  • 個人として、文化的にクリーンな手話がほしい。

ということで、

語彙・文法がしっかりしていて、学術的なことを話せる手話言語

という目的て手話の人工手話がほしいなと思ってます。

もうひとつ作るうえでの工夫、広まる工夫のひとつとして、
日本・韓国・台湾の中間的な国際補助語としての側面もあってもいいなと思っています。

実はVR手話という比較的人工言語に近い物があるんですが…
日本の手話をベースにしてる…つまりVR手話も文化的なクリーン差は無い。

どうでもいいこと

手話歌は…わたしもあんま好きじゃない…
手話歌は手話じゃない…と思いつつ
ちゃんとした手話歌みたことないからかも…?

完全に別件ではあるんだけど、
ろうとかの手話講師の方が手話文法や第二言語習得論について知らないのはなんとかしてくれ…って感じ。
日本語を教える先生が、日本語の文法に何も知らないただの日本人みたいな状態よ。


注釈?追加で話しておきたかったこと

手話を聴者に教えられるのは聴者だけ…?

日本語が全く分からないスペイン人が、スペイン語を全くわからない日本人にスペイン語を教えるのって無理じゃないですか?

手話を手話で教えるナチュラルアプローチって、第二言語習得論の考え方からして非効率じゃないですか…?
いわゆる暗示的学習 VS 明示的学習です。

普通にクリティカルピリオドの考えからして良くないと思います。

雇用の機会を奪ってる…?

雇用の機会という考え方もあるけど、他の言語と同じように、個人的にはろう者(ネイティブサイナー)は中級以上のクラスをやればいいと思う。
そもそも、聴者が開いた手話教室にろう者を入れろというのは、ろう者の方が聴者の機会を奪っていることになってしまうんでは…?
シンプルにろう者の人がマーケティングスキルを身に着けてやればいいだけなんですよね。

音声言語のほうが手話言語より優れてる

手話って手を使っているときに使えないんですよね。
音声言語はなにか道具を使っているときでも意思の疎通ができるんですよね。
あと手話言語の伝達や保存ってコストが掛かるんですよね。
なので、音声言語のほうが優れてます。

日本手話は必要なのか…?

自然言語の日本手話って廃れていくと思うんですよね…

ろう同士からろうが生まれる確率が1~2割らしい…
また、人口内耳(医学的アプローチ)もある…

音声言語であれば、ネイティブ同士の子供はネイティブになりますが、手話の場合はそうとは限りません。

コーダの人はどうなるんだろ…

今井先生の言葉と思考という本に、バイリンガルでもどちらかの言語が優位になるという話もあります…
コーダの人は手話がこの優位な言語になるんでしょうか…おそらくNoだと思います。理由は手話に触れる機会が少ないから…臨界期の上限は12歳くらいまでであり小学校が含まれます。

言語の沖ノ鳥島化

新しい漢字って生まれないですよね。
なんなら、新しい熟語も生まれないですよね。令和くらい?

これって、日本語が人工的に固められて、人工言語の側面…
つまりしっかり定義された状態になってるわけです。

自然言語に手を加えて人工言語の堅牢性をもたせることを、言語の沖ノ鳥島化と名前をつけました。

沖ノ鳥島の画像
https://www.t-borderislands.metro.tokyo.lg.jp/kids/kids02.html

日本手話や日本語対応手話ってたぶん10年後も揉めてると思うんですよね。
だったら最初から人口島を作ったほうが早いなと思ったわけです。

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